
「社長1人の会社だから、わざわざ会議を開いて議事録を作る必要はない」「登記が必要になっても、ネットにある無料のひな形で十分対応できる」。中小企業の経営者や総務担当者の方から、実務の現場でこうしたお声を伺うことは少なくありません。
しかし結論から申し上げますと、規模や株主構成に関わらず、会社法において法定議事録(株主総会・取締役会など)の作成は明確な義務として定められています。作成を怠って放置したり、自社の実態に合わないひな形を流用したりすると、過料(行政上のペナルティ)や登記の却下だけでなく、税務調査での経費否認、将来的な経営権を巡る内紛など、事業の根幹を揺るがす深刻なリスクを引き起こしかねません。
本記事では、法定議事録の作成義務に関する判断基準から、未作成によって生じる実務上の不利益、そして「自社で対応できる範囲」と「専門家の目が必要な境界線」までを客観的に整理します。現状の管理体制に不安がある場合の状況整理に、ぜひお役立てください。
「社長1人の会社」でも議事録の作成義務はあるのか?
社長1人(株主=役員)の会社であっても、法律上「株主総会議事録」の作成は必須です。議事録作成の要否は、実際に複数人で議論を行ったかどうかではなく、会社法で定められた機関決定のプロセスを適法に経たことを証する書面として扱われるためです。
任意の社内会議(営業会議や経営会議など)の議事録は法的な作成義務がありませんが、法定の会議は扱いが全く異なります。行政や審査側の視点に立つと、これらの議事録が存在しないことは「適法な意思決定が行われていない企業」とみなされる直接的な原因となります。
ただし、社長1人の会社でわざわざ会議室を取り、一人で議事を進行する必要はありません。実務上は、「書面決議(みなし決議)」という制度を活用するのが一般的です。これは、株主や取締役の全員が提案内容に書面や電磁的記録で同意した場合、実際に会議を開催しなくても決議があったとみなす仕組みです。書面決議を行った場合でも、その旨を記録した議事録を作成する義務があります。
また、作成した議事録は「本店に10年間備え置く義務」が会社法で定められています。近年は業務効率化の観点から、紙の書類ではなく、電磁的記録として保存することも可能です。なお、社内保存自体に電子署名が常に必須というわけではありません。オンライン登記の添付書面として利用する場合には、法令・登記実務上の要件を満たす電子署名等が必要となる場合があります。

議事録を作成しない、または放置すると自社にどのようなリスクが生じるか?
議事録の作成義務を軽視し、長期間放置してしまった場合、自社にどのような影響を及ぼすのでしょうか。実務上で直面しやすい3つの具体的なリスクについて解説します。
会社法上の過料(行政上の制裁)と登記懈怠のリスク
最も直接的なリスクは、会社法上のペナルティです。法定議事録を作成しなかった場合や、法律で定められた記載事項(開催日時、場所、出席役員など)が欠落していた場合、代表者に対して100万円以下の過料(行政上の制裁金)が科される可能性があります。
さらに深刻なのが、議事録の未作成が「登記懈怠(とうきけたい)」の引き金となるケースです。株式会社の役員(取締役)の任期は原則として約2年ですが、非公開会社の場合は定款で最長10年まで延ばすことができます。いずれの場合も、任期満了時には株主総会で再任の決議を行い、2週間以内に法務局へ登記申請をしなければなりません。議事録を作らない習慣が常態化していると任期更新を見落としやすく、長期間登記を放置した結果、最悪の場合は会社が解散したものとみなされる「みなし解散」の手続きをとられてしまうリスクがあります。
融資やM&A、税務調査における実務上の不利益
議事録の不備は、外部機関からの信用評価にも直結します。金融機関からの融資審査や、将来的なM&A(企業の合併・買収)におけるデューデリジェンス(企業価値やリスクの調査)において、過去の議事録はガバナンス(企業統治)が機能しているかを測る重要な資料となります。議事録が欠落している場合、「コンプライアンス意識が低い企業」と評価され、取引が見送られる要因になり得ます。
また、税務調査におけるリスクも無視できません。例えば、役員報酬の増額や賞与の支給を行った際、税務署はその決定が適正なプロセスを経て行われたかを確認します。このとき、証拠となる株主総会議事録が存在しない場合、役員報酬等の決定手続を客観的に証明しにくくなり、税務調査で説明を求められる可能性があります。
【重要】将来の事業承継や外部株主との「内紛リスク」
BtoB実務において極めて重大なのが、議事録の不備を突かれた「内紛」の発生です。「うちは家族経営の同族企業だから問題ない」と考えていても、将来の事業承継で代替わりが発生した際や、元役員の遺族への相続、あるいは外部株主(ベンチャーキャピタル等)が介入した際に状況は一変します。
議事録がない、あるいは手書きの雑なメモしか残っていない場合、過去の重要な決定(役員の選任・解任、新株発行、重要な資産の譲渡など)に対して「決議取消しの訴え」や「決議不存在の確認」といった法的な訴訟を起こされるリスクがあります。客観的な証拠である議事録がなければ、会社側は決議の正当性を証明できず、経営権を揺るがす致命的な紛争へと発展するおそれがあるのです。
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無料のひな形(テンプレート)を丸写ししてはいけない理由とは?
インターネット上には、議事録の無料ひな形(テンプレート)が多数公開されています。しかし、これらを安易に丸写しして使用することは、実務上非常に危険です。
なぜなら、議事録は「自社の定款(ていかん:会社の根本規則)」の規定と整合している必要があるからです。以下のケースをご覧ください。
【実務で起こり得るケース】
A社の総務担当者は、役員変更の登記を自社で済ませようと、インターネットで見つけた「株主総会議事録」の無料ひな形をダウンロードしました。空欄に日付と役員名だけを書き込み、必要書類とともに法務局へ提出します。
しかし数日後、法務局から補正(修正)の連絡が入りました。理由は、「議事録の記載内容と、決議手続の整合性がとれていないため」です。
A社が利用したひな形は「株主総会を開催した」という形式でしたが、決議事項には「総株主の同意によって決議した」と記載されていました。
この「総株主の同意によって決議した」という文言は、会社法上、実際に株主総会を開催せず、書面のみで決議を成立させる『書面決議(みなし決議)』を意味する専門用語です。
一方で、「議長を選任した」「開会した」など、株主総会を実際に開催したことを前提とする記載もそのまま残っていたため、「会議を開いた手続」と「会議を開いていない手続」が一つの議事録に混在してしまいました。
実際には株主全員が賛成していたとしても、どの方法で決議したのかが不明確となり、法務局から補正を求められたのです。
(※実際に株主総会を開催したのであれば、「出席株主全員一致で可決した」など、会議を開催した形式に沿った記載とする必要があります。)
結果として議事録を作り直すことになり、関係者から改めて押印を受けるなど、余計な時間と手間が発生してしまいました。
審査を行う法務局では、提出された議事録や添付書類について、会社法上の手続や会社の定款に照らして整合性が取れているかを確認します。ひな形はあくまで一般的な例であり、自社の機関設計や決議方法、役員任期などを反映したものではありません。ひな形はあくまで一般的な一例であり、自社の「決議要件」「役員任期」「株式の譲渡制限の有無」などを反映したものではありません。議事録を作成する前には、自社の最新の定款を確認し、決議方法や決議要件、役員任期などが今回の手続と一致しているかを確認することが重要です。
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議事録以外にも会社設立や役員変更で必要になる付属書類の扱いは?
株主総会や取締役会で決議を行った場合、議事録単体だけでは各種の手続き(登記申請など)を完了できないケースが大半です。決議の内容に応じて、議事録の内容を補完する「付属書類」の作成が求められます。
例えば、新しい役員を選任した場合は、本人が就任に同意したことを示す「就任承諾書」が必要です。また、代表取締役を選定する取締役会では出席者の印鑑証明書が求められたり、取締役会を設置していない会社においては「互選書(役員の互選で選ばれたことを証する書面)」が必要になったりと、会社の機関設計によってもルールは細かく異なります。その他にも、株主リストや資本金の払込証明書など、目的(役員変更、本店移転、目的変更、増資など)によって要求される書類のルールは細かく異なります。
これらの書類に不備があると、議事録自体は正しくても登記申請が受理されません。「どの決議に、どの付属書類が必要になるのか」の具体的なパッケージについては、各手続きの目的に応じた個別の確認が必要です。

議事録作成において自社で判断できる範囲と、専門家の目が必要な境界線
「自社で作成できる書類」と「外部の専門家(司法書士や弁護士など)に確認を依頼すべき書類」は、どのように切り分ければよいのでしょうか。実務上の判断基準を以下の表に整理しました。
| 状況・目的 | 判断の境界線 | リスクと対応の方針 |
|---|---|---|
| 毎年の定時株主総会 (決算承認のみの場合) | 自社対応が可能 | 役員変更や定款変更を伴わず、決算書類の承認のみを行う定型的な決議であれば、定款との矛盾も起きにくいため、自社での作成・保管で問題ありません。 |
| 本店移転・目的変更・増資 (登記申請が絡む場合) | 専門家の確認を推奨 | 法務局への登記申請が絡む場合、定款の確認や付属書類の精査が必要です。記載不備による登記却下のリスクがあるため、司法書士のサポートを推奨します。 |
| 役員の選任・解任・重任 (任期の更新が絡む場合) | 専門家の確認を推奨 | 自社の定款に定められた「任期」の正確な計算が必要です。誤った任期で議事録を作成すると、後日「登記懈怠」が発覚する原因になります。 |
| 過去の未作成分の補完 (数年分を遡って作成する) | 専門家への相談が必須 | 【高リスク】過去数年分の議事録をまとめて辻褄を合わせようとすると、日付や任期、当時の株主構成との矛盾が生じやすく、文書偽造に問われるおそれがあるため要相談です。 |
このように、「法務局への登記が絡むかどうか」「過去の履歴と矛盾が生じないか」が大きな分かれ目となります。定型的な業務は自社で効率化しつつ、イレギュラーな変更や過去のリカバリーが必要な場面では、専門家の知見を入れることで致命的なミスを防ぐことができます。
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過去の未作成や手続きに不安がある場合の「状況整理ステップ」
「何年も議事録を作っていなかった」「ネットのひな形を使って自分で登記してしまったが、定款と合っていたか分からない」という場合、焦って無理に書類を作成しようとするのは禁物です。事実と異なる日付で書類を捏造することは、さらなる法的リスクを抱え込む結果になります。
まずは、以下のステップで自社の状況を客観的に整理することが第一歩です。
- 最新の定款を探す: 会社設立時、または直近で変更した最新の「定款」を手元に用意します。
- 過去の履歴を確認する: 現在の役員の就任時期(任期が切れていないか)、過去の株主総会議事録がどこまで保管されているかを確認します。
- 事実関係をリストアップする: 「いつ、誰が、何を決めたか」の事実だけを時系列で整理します。
この時点で「定款が見当たらない」「役員の任期がいつ切れたのか分からない」といった壁にぶつかるケースは珍しくありません。自社だけでの判断が難しい場合は、状況を悪化させる前に外部の専門家を交えて現状を整理することを推奨します。

よくある質問(FAQ)
- Q議事録には実印での押印が必須ですか?
- A
決議の内容や、取締役会設置会社かどうかによって要件が異なります。例えば、代表取締役を選定する取締役会議事録などには、原則として出席した取締役全員の実印と印鑑証明書が必要です。一方、一般的な定時株主総会議事録であれば認印で済むケースもありますが、手続きごとに要件を確認する必要があります。
- Q定款そのものを紛失してしまった場合はどうすればよいですか?
- A
会社設立時に公証役場で認証を受けた定款であれば、管轄の公証役場に謄本(同一の効力を持つ写し)が保管されており、再発行が可能な場合があります(保存期間に注意)。どうしても見つからない場合は、過去の登記簿謄本などを参考に、現在の実態に合わせて定款を「再作成」する手続きが必要になります。
- Q株主総会と取締役会の両方を開く場合、議事録は1つにまとめられますか?
- A
株主総会と取締役会は、法律上全く異なる機関・会議体であるため、株主総会議事録と取締役会議事録は、それぞれ別個の法定議事録として作成するのが通常であり、実務上も別々に作成します。それぞれ別の法定議事録として作成し、法律で定められた期間(ともに原則10年間)本店に備え置く必要があります。
まとめ:自社判断が難しい場合は状況整理を
法定議事録の作成は、単なる事務作業ではなく、企業としての適法性と信用を担保するための重要な実務です。「社長1人だから」「これまで何も言われなかったから」という自己判断は、将来の資金調達や事業承継において想定外の障害となるリスクをはらんでいます。
もし、過去の議事録が欠落していたり、自社の定款と現状の運営にズレが生じている不安があったりする場合は、独断で処理を進めず、状況を客観的に把握することが不可欠です。当事務所にご相談いただいたからといって、必ずしも手続きのご依頼を強制するものではありません。まずは自社が抱える潜在的なリスクを洗い出し、必要な対応の境界線を整理する「社外判断パートナー」として、どうぞお気軽にご活用ください。
